最高裁判所第二小法廷 昭和33年(オ)372号 判決 1958年9月19日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告人代表者委員長林田和博の上告理由について。
公職選挙法一七三条の候補者の氏名、党派別の掲示に関する規定並に同法一七五条に基き右掲示に関する必要な事項として福岡県選挙管理委員会の定めた「候補者の氏名には平仮名で振仮名を附すること」の規定は、一般選挙人に対し、各候補者の氏名を周知徹底させるための規定であつて、右委員会の定めた前記の規定が所論の如く単なる訓示規定と解すべき根拠はないから、右規定に反して候補者のうち、被上告人一名の氏名につき振仮名を附さなかつたことは同法二〇五条のいわゆる選挙の規定に違反する行為であることは疑いなく、そして、原判決が勝山町久保選挙区が農山村地帯であつて教育程度の低い者も相当あり、現に本件選挙における仮名書投票の投票総数に対する比率が相当に高く、本件選挙人中には仮名書によらなければ文字の識別が不能もしくは困難な者も相当多数あつたことが窺われる事実を確定し、かつ、本件選挙において最高位当選者から落選者である被上告人に至る各候補者の得票差が著しいものでないことを合せ考えて、仮に所論四の(イ)ないし(ト)の如き事実があつたとしても、右選挙規定の違反は、本件選挙の結果に異動を及ぼす可能性があつたものと判断したことは正当であつて、論旨は採用し難い。
よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い主文のとおり判決する。
この判決は裁判官藤田八郎の反対意見があるほか裁判官一致の意見である。
藤田裁判官の少数意見
本件勝山町議会議員の選挙において、法一七三条一項による候補者氏名等の事前掲示は、投票所である同町久保小学校講堂の前附近一ヶ所になされたのであるが、右掲示において、被上告人を除く他の一三名の候補者氏名にはいずれも振仮名を附してあつたにかかわらず、ひとり被上告人の氏名のみ振仮名を附せず、投票当日の午後四時四〇分頃に至り、ようやく右事実が発見されてその補正がなされたことは原判決の確定するところであり、右は原判示福岡県選挙管理委員会規程に違反し、従つて法二〇五条の「選挙の規程に違反することがあるとき」に該当するものとする多数意見に異論はない。
しかしながら本件の場合、直ちに同条にいわゆる「選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合」にあたるかどうかは相当考慮を要するのではなかろうか。同条は「選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合にかぎり」選挙を無効とすべき旨規定し、選挙の規定に違反する場合であつても、一旦行われた選挙の無効を無効を決定することは、厳に以上の場合に限定する趣旨をあらわしている。そして、「選挙の結果に異動を及ぼす」とは、かかる違反がなかつたならば候補者の当落について、現実に生じたところと異つた結果を生じたものであろうとの可能性がある場合でなければならないことは当裁判所の判例の示すところである。(昭和三二年(オ)五八七号、同年一〇月四日第二小法廷判決集一一巻一〇号一七〇四頁)これらの法意は、選挙はその意義重大であり、多大の労力と費用とを費して執行されるものであつて、後になつてこれを無効とすることは、多くの場合当時の選挙民の意思をじゆうりんすることとなり、かつ、当該機関の活動に多大の障害を来すことともなり、政治上、経済上影響するところ重大であるから、軽々にこれが無効の決定をすべきでないとの趣意に出たものであることは、まさに論旨の説くとおりである。
これを本件の場合について云えば、法一七三条一項所定の事前掲示自体は適法になされたのである。ただ候補者の一人について前示委員会規定に違反して氏名の振仮名を脱落したというに過ぎない。(この脱落が選挙事務管理者側の故意に為されたものであるとは被上告人も主張せず、本件において、その根跡はみとめられない-前掲当裁判所判例参照)前掲委員会規程も法二〇五条の「選挙の規定」に該当するものと解すべきこと多数意見のとおりであるとしても、その違反の及ぼす影響を評価するにあたつては、それが法律違反の場合とくらべてより軽く評価されることのあるのは当然であろう。原判決はこの規定違反が本件選挙の結果に異動を及ぼす可能性のあることの根拠として諸般の事情を挙げ「上告人主張の(1)乃至(6)の事実はたとえそのような事実があつたとしても未だ右可能性をぬぐい去るだけの事由とはなし難い」と判示しているけれども、本件において上告人の主張するごとく法八六条八項の規定による被上告人の立候補の告示は、同人の立候補届出の日から選挙の当日まで適法に掲示され、又、法一七五条の二の規定にもとづく投票所内における候補者の氏名等の掲示も適法になされていた事実があり、かつ、上告人の主張するような諸般の事実関係からして、被上告人の氏名は同選挙区内の殆んどすべての有権者が知悉していたと推断されるような事情がありとするならば、前記の違法は、候補者の当落について現実に生じたところと異つた結果を生じたものであろうとの可能性ありとまでは云い切れないのではないか。けだし、異動を及ぼす可能性のある規定違反があつても、具体的な事案において、現実にその可能性を否定するような事情が立証される場合には、結局、異動を及ぼすおそれのない場合と考えるべきであるからである。(この趣旨は前掲当裁判所の判例にもよくあらわれている)
要するに、自分は、上告人が、原審において主張した具体的の事情について、十分な審理を遂げることなく本件選挙の無効を速断した原判決には審理不尽の違法があると思料する。
(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)